千葉県・房総半島沖で1000年ほど前に未知の巨大地震!九十九里浜に大津波の跡
出典:https://rtrp.jp/articles/106289/
千葉県・房総半島沖で1000年ほど前に未知の巨大地震があり、九十九里浜一帯が大津波に襲われた可能性があると、産業技術総合研究所などのチームが発表した。地震の規模はマグニチュード(M)8・5~8・8で、当時の海岸線から3キロ・メートル前後まで浸水したと推定されるという。
澤井祐紀・同研究所上級主任研究員らが、九十九里浜の3地点142か所を掘削して地層を調べたところ、津波で運ばれた砂や生物の化石などが堆積(たいせき)した新旧二つの層が見つかった。
化石の年代測定の結果、新しい層は、江戸時代の1677年か1703年に起きた地震による津波のものと推定された。一方、2地点で確認された古い層は、平安~鎌倉時代の800~1300年頃のもので、該当する記録がないため、未知の地震の津波と判断した。
さらに、当時の地形などをもとにコンピューターで津波を再現したところ、実態がよくわかっていない房総半島沖の海底断層が震源だった可能性も浮上した。
現在の地形だと、同じ規模の地震が発生すれば高さ約5メートルの津波が海岸線に到来するという。房総半島の北には日本原子力発電の東海第二原発(茨城県)がある。同原発は原子力規制委員会の安全審査に合格しているが、規制委は「一般論として、新しい知見が出てくれば扱いを検討することになる」とコメントした。
成果をまとめた論文は、英科学誌ネイチャー・ジオサイエンスに掲載された。
政府の地震調査委員会の平田直(なおし)委員長(東京大名誉教授)の話「日本海溝沿いの房総半島沖では江戸期以外の大地震は知られておらず、重要な報告だ。広域を調査し、震源を特定する研究が必要となる」
参照元:ヤフーニュース
1000年前「未知の巨大地震」が発生か、九十九里浜に大津波の跡
参照元URL:https://news.yahoo.co.jp/articles/83fb5942004e48e4788418140a151d839dbf0365
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平安~鎌倉時代の800~1300年頃のもならば貞観地震ではないのだろうか?まぁ、産総研の方が仰っているから違ううでしょうね。
東日本大震災の起こる数年前に、東京電力に対し、貞観地震の例をあげ原発の地震対策が必要だと提言していたのが、その産総研だったと思います。
あの時、産総研の言うことを聞いていてくれたら。
分かった事にかなりの再現性があったとして、次が今日なのか一万年後なのかは分からないから、人の寿命と時間で比べるもんでもないけど、今が大事と生きてく他ないかな。
以前、東大の教授だったかが、
「結局のところ地震の予知は過去のデータ任せだ」と言ってた。
そしてそのデータが圧倒的に足りないから予知が難しいとも。
そんな観点から今回の様に過去の地震の歴史を掘り起こすのも重要な事なんだろうな。
本当ならば、地元の古い神社や寺には言い伝えがあるはず。東北にも言い伝えは残っていたが、時がたって無視されるようになり浜辺に街を作ってあの被害になった。昔からの言い伝えには必ず意味がある。地質学者にそれらの調査まではできないので、地元の歴史研究家とかに協力してもらって、歴史的に証明してほしい。
東日本大震災も、産総研の調査から導き出した貞観地震の再来で、警告が生かされなかった。今回も周期がわからないが、いつ起きるかわからない。原発は対策を急ぐべきである。
このような調査は本当に大切。 規模や周期、震源が特定されれば今後の予測や防災にも役立つ。
もしも、貞観の地震とは別ならば同じ時期にもうひとつの巨大地震による津波があったということなのかね。それならば東北や東海や紀伊半島にも記録や痕跡があるんじゃないかな。
貞観の津波の前か後に言い伝えとかないのかな、なくとも地層を調べればとか思うんだけど素人が口をはさむことじゃないのかな。
それでも、いつかは再び地震と津波は起きるんだろうな。それって遭遇することも覚悟しとかなきゃいけないんだろうな。
少なくとも過去に来たことがあるものに対しては「想定内」として防災対策をたててもらいたいですね。その意味では地質調査で過去の地震や津波、噴火の痕跡を調べるのは地味ですが、とても意義深く重要な仕事だと思います。今後も期待しています。
古い墓地近くにある石碑に刻まれてるかもね
浪切不動なんかもそこまで津浪が来たからでし海岸から6kmくらい内陸部に入っても、3m掘れば荒砂が堆積しているからね。そのうえ上は関東ローム層でその下はまた赤土と粘土層
九十九里平野はそんなに古く無い地盤だと思いますよ
データを積み上げていけば、どれくらいの周期頻度と大きさがわかって、次の発生予測にもつながるでしょう。もちろん明日来月といった予測ではなく、30年100年レンジでの予測になるでしょうけど。今だって海の大地震と言われるのは江戸時代の大きな三つくらいの地震と関東大震災と戦時中の東南海地震のデータくらいだからまだまだ増えれば精度も上がるでしょう。
私も読んだときには「貞観地震」のことではないのかと思いました。
全く別の地震であるならば、この地震が貞観地震によって引き起こされた、または、貞観地震のきっかけになった地震なのではないかと思います。
もしも、貞観地震が引き金であるとするならばここ数十年は「要注意」ですね。
父が仕事でこの地域の水質調査などもしており、国道126号線を境に海側の地層はサラサラした海の砂であり、津波の跡だと以前から話していました。自宅を建てる時は、126号線より海側(海から6.7kmは離れていますが)には建てるなとも…。
平安時代(貞観地震あたり)の物だと思われる古文書にも、大津波がきたと記されてるような話もしていましたし、この辺りの人には知られている話なのかなと思っていたので、この記事を見てびっくりしました。
大規模にボーリング調査をすれば把握できる。
しかし、仙台平野において貞観地震で内陸平野部での津波痕跡が把握されたにも関わらず、数年後の東日本大震災では防災、減災には活かされなかった。
人間とは愚かなもので、社会とはそう簡単には動かないということも分かった。
原発が悪いとは言わないが、日本の国土の性質上、相性が悪いと思うよ。
地震と津波、自然災害だから、止めようがない。
これを原発がくらうと、日本中であんなことが起こる。
住むところが、無くなるよ。
場所の選定を誤った。
地震予知は大袈裟なようですがこれからの人類の大きな宿題だと思います。まだ不可能だろうけどデータの蓄積や他分野からの新しいアプローチなどによって徐々に解明されていくかもしれません。将来天気予報みたいに地震予報なるものが出てくれば!と願います。
地震予知は、断層や過去の地震データやからある程度の周期を導き出していると、以前専門家の方が仰っていた。
今回の様に新たにデータが蓄積されれば、今とは違う予知も出てくるでしょうね。
しかし、こうも仰っていました。
明日地震が発生しますといった、天気予報の様な地震予報は今の科学ではまだまだ無理だと。
だから予知で、いつどこで大地震に遭遇するか判らないのですから絶対な安全はないのだと思う。
東日本大震災を超える地震や津波が今後無いと証明されない限り、大震災超えもあり得るかもしれないのですから。
想定や訓練、災害備蓄等を怠らず、乗り越えられる準備をしておくしかないのです。
運もあるから、それでも絶対に助かる訳ではない。
あくまで助かる確率を上げるだけですが、個人で出来る事はしておきましょう。
平安~鎌倉時代の800~1300年頃のもので、該当する記録がないため、未知の地震の津波と判断した。
この時代の文献って今も結構残ってるけど、地震津波に該当する記録が無いってどういうことだろ。
被害にあった場所に住んでた人、全滅しちゃったんかな。。。
東日本大震災の時も震災の数ヶ月前に同じような大津波の痕跡が見つかり新聞に載っていたのを思い出しました。その時は数百年前の痕跡との事でしたが、今回は千年前との事であり大地震のサイクルとしては似ているなと感じました。更に一昨年あたりから千葉東方沖では群発地震も起きており尚更不安になりました。
貞観地震ならこの辺りの記録にも残るはず。
800〜1300年の間というと、日本史では950年頃から地方の記録が減っていくんだよね。大和朝廷の政治が全国から中央だけに狭まって、各地の記録がなおざりになって分からなくなる。地方豪族には災害を記録する習慣が無かった。
鎌倉時代なら幕府から近いので当然、記録は残ったはず。よって950〜1200年の間と絞り込んでみる。
脱炭素社会推進の為、原子力発電を重要な電源に位置付けているので、震源になる断層が存在するという確実な証拠がなければ、本当に発生するか不明な津波の為に、今の日本政府や電力会社は安全対策に資金を投じることはないだろう。
地震列島の日本、いつの日か忘れた頃に、福島第一原発同様の事故が起き、又、想定外の出来事といって、政治家は誰も責任とらず終い。
その福島第一原発の廃炉作業は、未だに見通しが立たない状態で、チェルノブイリより始末の悪い、放射能汚染水の海への垂れ流し等…
一度重大事故が起きると、廃炉には何百年?それとも何千年とかかるのかもね。
なぜ
香取神宮はあの場所にあるのだろう?
銚子沖が波が荒く回航困難なことは、
二千年前から不変を前提として浜名湖が地震によって、海との接続が
変化したように
九十九里の椿海をこの津波が襲ったのではないか
鹿島神宮の起源が潮来の大生神社であるように
津波による地形変化に反射した
舟運航路の変更が神宮二社の位置変遷
としてあらわれたのではないか
貞観地震(三陸沖)は、869年7月9日に起きているな。ウィキ調べ。
貞観だけでも、富士山・播磨・三陸と3回も起きている。
938年5月17日(承平8年)は京都、976年7月17日(天延4年6月18日)は、山城近江で地震(琵琶湖?)が起きている。
天延(974年1月16日~)は、その前に起きた地震災害を根拠として改元されている。
とはいえこの天延地震(976年7月・京都付近)も、それが原因で、貞元(976年8月11日~)に改元されている。
承平から天延の40年の間で、千葉沖で大地震が起きたのか。
この空白の40年間は、ウィキでも記録がない。
千葉沖の地震は、1677年(九十九里沖)と1703年(館山沖)しか起きていない。
それ以前に、千葉沖で地震が起きていないことも、不思議な気がする。
彼らは研究のプロだから、ここで自分が反論してもどうしようもない。
新たな、結果発表を待つしかない。
津波は単体で起こるわけではなく、いくら防潮堤を作っても、その前の地震で亀裂が入ったり破損された後に到来したら、機能しない可能性がある。
なるべく沿岸には住まないのが一番だけど、人間、水とは切れないからあとは割り切るかのどちらか。
地球の歴史の中では人類が体験したことのない規模で未知の天変地異、気候変動なんか普通に沢山あるんだろうな。
実際にそれが現実に起ってしまったら大変なことだけど、それも地球の歴史の中ではたった一瞬の出来事で地球の通常運転なんですよね。
そう考えるとそんなに驚くことでもないのかもしれません。
津波発生年代の根拠にした化石の年代測定精度次第だと思う。まあこれは科学的技術的問題だろうけど。
何故他地域に津波の痕跡が無く、何故九十九里地域にだけ限定的に分布するのか、その説明が無い。
だからイタズラに不安を煽る記事になり得る。
災害に関する情報は時としてデマに繋がるので取り扱い要注意。科学者もマスコミも。少なくとも何世代にも渡って親から土地を受け継ぎながら生業を立てて居る人間もいるんだぜ。そういう事考えてない記事にみえる。
幾つかの震災を通して思うんだけど、災害の危険性やリスクを高くする事が盲目的に金科玉条として認識されないように科学やマスコミは在るべきと思うが、どうだろう?
どうだろう。津波に関しては近場で起きた地震が原因とも限らないからなあ。
まあ、九十九里なら、チリ津波が来ても不思議はないし、逆に日本海溝地震があっても不思議はない。茨城沖から福島沖で10年前みたいな同時多発巨大地震が起きてもおかしくはないし。
1000年も前のことだから、その当時太平洋レベルで見て、プレートがどう動いたかまでは流石にわからないよなあ。
地図を見て、不自然だなと思う所に何かある。
子どもの方がピンと来るかも。
曲線が語っている。なぜ太平洋が広いのか。
宮崎、徳島〜高知、三重、静岡、茨城、福島、宮城、青森、北海道、やたら長く続くきれいな海岸線。
何もなかったはずがないよ。
わからんよ。
東日本大震災で多くの車、家が流され海に沈んだ。
何百年後海底から車や家の瓦等が発見されれば昔ここは陸地で人が住んでいたってなるんじゃね。
過去も未来も確固たる証拠がない限り信用出来ない。
地震はいつ来ても良いように対策するしかない。
天災は忘れた頃にやってくる。の言葉通り、
恐怖や後悔を忘れるくらい準備する時間があるということです。
日頃の準備をして天命を待つしか無いと思います。
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